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いじめについて

どちらも鋭い現状認識と対策案に一貫性があり、面白く読んだ。簡単にまとめることは出来ないが、むりやりまとめると、永井俊哉氏はシステムそのものに問題があるという現状認識で、いじめをなくすには、ピラミッド的なシステムを解体し、よりリベラルで多様性を受け入れられるシステム(学校行きたくなければ行かなきゃいい)にするという対策案で、真性引き篭もり氏はいじめは日常的に山ほどあるという現状認識で、教師増やせという対策案である(別の視点もあるだろうけど、是非リンク先を読んで判断してください。)

共通するのはいじめは明らかにいけないことで、排除あるいは避けるべきものと考えておられると思う。永井氏は「いじめは、社会的構造的現象であって、個人的心理的現象ではないのだから、」とおっしゃっておられるが、僕は構造を変えたところで起こりうる心理的現象だと考えている。

まずあらゆる組織の構造は、階層構造である。縦に強い関係があり、横のつながりは比較的に弱いというのが、階層構造の特徴である。家族を見ても会社を見ても、ごく自然に階層構造が機能しており、組織の機能を果たす上でも効率がよい。組織からドロップアウトしたとしても、かならず階層構造を作るのである。

むしろ学校は教師あるいは学級委員長が30何名かのリーダーとして機能していないのである。30何名かをまとめられるリーダーってそういるものではあるまい。したがってクラスに教師を一人増やしたところで、厄介なのが一人増える程度ではないだろうか。

構造改革するよりもパフォーマンスの高い構造的な解決策として僕が考えるのは、現状の階層構造を機能させろということである。特に金はかからない。リーダーの素養のあるガキ数人に中間的なリーダーをやらせればよい。3人でも人材豊富なら10人でもよい。リーダーに向かないものもいれば、補佐的な仕事に能力を発揮するタイプもいる。リーダーシップも育まれる。どの辺の権限を与えるかについては、学年によっても違うだろうし、そのような構造が機能している学級もあるかと思う。教師にリーダーシップはなくてもしょうがないから、リーダーを育てられる教師になればいいと思う。無能な課長さんには有能な係長が必要。有能な係長さんを育てられたら、その課長はきわめて有能である。

あるいは授業によっては、上級生が下級生を教える時間なんてあっても良かろう。僕が小学の頃は縦割り班というのがあり、掃除はその班で行っていた(今でもあんのかな?中学、高校ではなかったが部活がその役割を果たした)。6年生のときは4年生が1年生をいじめたりして、やめれって言ったら1年生がありがとうなんて言っちゃって愛い奴と思ったものだ。いじめの背景には、構成員となる組織の数が少ないこともあるのではないか。

例えば、家族とクラスという2つの組織しか属さなければ、クラスが辛ければ、人生の半分ほどは辛いけれど、組織がいっぱいあれば一つ辛くても我慢できるんじゃないの。いじめる側だって、嫌な奴とは付き合わなくてもいいのに、わざわざいじめるのは暇だからである。いっぱい組織に属せば、いろいろと忙しくなり、そんな暇なくなるだろう。ましてや現代は近所づきあいや親戚付き合いも希薄になり、学級の比重がより高まっているかもしれない。

いじめられっ子の親は、なぜいじめられてると相談してくれなかったのかと嘆くようなイメージがあるが、基本的には異なる組織に苦痛を持ち込まないものである。親父に聞くけど、会社の辛いことを家族にグチグチ言うか?

学級組織を細分化することで、もう一つ期待できる効果は、組織が小さいほどいじめは拡大しにくいということもある。しかし真性引き篭もり氏と同じようにいじめは日常茶飯事で起こりうるものと僕は定義しており、また一般的な認識とは乖離しているかもい知れないが、いじめはさほどおそるべきものではないと考えている。

いじめられっ子の気持ちが分からんのかバカチンと言われそうだけど、おそるべきものと過剰に考えるべきではないといじめっ子といじめられっ子に言いたいのである。(ここでは社会心理学上「集団」や「準拠集団」によっていじめがエスカレートして深刻な事態になる現象を想定していない。その現象を回避するのは困難だから。)

いじめられた側は、いじめられることを過剰に深刻になる必要はない。永井氏がおっしゃるように卑下する必要はまったくない。日常茶飯事のいじめにおいては、本能的には自己防衛機能が働き、通常は卑下する前に相手の非にする。傷ついたときは、自分を守らなければならない。この本能こそ失ってはいけない。

どちらかというと今は、いじめっ子に対して、いじめは恐れる物ではないと言いたいのだ。僕はいじめについて日常茶飯事的なものと考えているために、「それっていじめじゃん」と言うことがある。そうすると、いじめっ子は傷ついていないにもかかわらず、自己防衛が働いているのか、「いじめじゃない」とか「根拠を示せ」とか「正論を言ったまで」「本人のため」「相手が嫌とは思わなかった」とか「ここは学校ではない」とか「お前がイジメと言うのが俺へのイジメ」とか見苦しくいじめから逃れようとする。

なぜ頑なに「いじめ」を認めないのか。「いじめないでよ。ぷんぷん」「ごめん、いじめちった。テヘッ。許してちょ」と行かないのか。それは「いじめ」をとってもいけないことという認識があるからではないだろうか。昔キャンプでバーベキューを食ってる暗がり、近くにいた初対面の女性参加者に「額が汚れてるよ」と言ったら「傷だ」と言われた。悪気は無いし、薄明かりだし、キャンプなんて汚れがちだし、自己正当化したい気持ちは山々だけど、僕は彼女をいじめたのである。故意に比べれば過失は確かに罰は軽かろう。しかし罪は同じである。この世の中、罪の重さ=罰の重さではないのである。罪>罰であり、「大目に見る」という関数に罪を代入して導かれる罰は軽くなるのである。

多くの人は過失を犯すことをあまり過剰に想定しない。そんなのにビビってたら運転も出来ないし、会話も出来なくなる。過失は誰でも犯す。大きな過失を起こした大組織の社長さんなんかが記者会見をしていると、「バッカじゃねーの」とか「言い逃れしてんじゃネーよ」と思う。僕の場合は大した責任を負っていないので、大きな過失を起こす可能性も少ない。でも小さな過失でも、その対処を間違わないようにしたいものである。

ちなみにキャンプの女性に対して、僕は心から申し訳ないと思った。その対処として、お詫びにデートに誘った。断られた。チックショー糞ったれ。

Posted at 2006年10月29日 15:18

12月21日、下線部を加えた。

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この記事のタイトル: 鳥新聞: いじめについて

コメント

学生 からコメント

今、私の学校では、「よいいじめ」と「悪いいじめ」
について考えています。
どういうことですかね・・・・・・。

Commented at 2006年11月06日 16:37

鳥新聞 からコメント

人によって、いろんな考え方があると思いますが、僕は「よいいじめ」なんか無いともいます。
悪意の無いいじめはあると思います。
悪気はなかったのだけど、相手を傷つけるようなこと。
そんな時、僕は謝りたいと思う。そのほうがかっこいいと思うし、気付かないうちに又ひとを傷つけるようなことも減ると思います。

Commented at 2006年11月06日 22:13

もせ からコメント

いじめは、社会的構造的現象ではく、個人的心理的現象なんですよね。
それなら、どうしていじめの解決のために学校の社会的構造を変えるのですか?個人の心理に個別で働きかけるんじゃないんですか?

っていうか、教師がガキ大将よりも学校という階層社会のリーダーに不適切って本当?お前以下のガキがリーダーになるんだぜ?しかも、教師を育ててその教師がクラスのリーダー育てるんだったら、最初から教師をクラスのリーダーに育てたほうが早いじゃん。

教師が嫌いなのはわかったから、もっとまともな文章書けるように学校へ入りなおせ。

Commented at 2006年11月20日 18:25

鳥新聞 からコメント

>どうしていじめの解決のために学校の社会的構造を変えるのですか?

そうは書いておりませんが、構造を変えるのでなく機能させろと言っているのです。教師がリーダーに変わりありません。

>教師がガキ大将よりも学校という階層社会のリーダーに不適切って本当?

そんなこと誰が言っているのでしょうか?階層社会でなく階層構造の話をしているのです。階層構造を封建主義的なものと勘違いしていませんか?

>教師が嫌いなのはわかったから、

別に嫌いでも好きでもありません。

Commented at 2006年11月21日 23:01

もせ からコメント

あぁ、確かに階層社会じゃなくて、階層構造だね。どっちでもいいけど。でも、それじゃあ質問に答えたことになってないよ。

あなたは、教師がクラスのリーダーとして機能していないから、それを解決するために例えばガキ大将をリーダーにするのが良い、って確かに書いてるよね。
それってつまり、教師がリーダー失格ってことでしょ?


俺は、あんたの揚げ足をっとてるんじゃなくて、論理が破綻しているって言いたいの。あなたの文章は内容が極端なくせに、説得力のある理由が書いていない、その上偉そうだから、腹が立つ。何かを批評すならせめてまともな文章書けよ。

お前の文章は、大学入試なら間違えなく赤点だよ。添削してほしいならするけど。

Commented at 2006年11月26日 14:59

鳥新聞 からコメント

>教師がクラスのリーダーとして機能していないから、それを解決するために例えばガキ大将をリーダーにするのが良い、って確かに書いてるよね。それってつまり、教師がリーダー失格ってことでしょ?

階層構造を理解していないのでは?何も教師の代替にガキをリーダーにしろと言ってるので無いですから。

確かに「むしろ学校は教師あるいは学級委員長が30何名かのリーダーとして機能していないのである。」と書きましたが、リンク先の真性引き篭もり氏の「教師を増やせ」という主張に対立する意見として書いたものです。

リーダーシップのある教師も無い教師もいるでしょう。教師の採用にあたり、リーダーシップの素養が求められているかは知りません。小中高によって違うかもしれません。もしすべての教師に30数名を統率するリーダーシップが備わっているというのなら、謝罪でも訂正でもします。あるいは教師にリーダーシップを求めるべきだという動向があれば、私の主張も無意味かもしれませんが、30数名のリーダーというのは教師に限らず難しい仕事であり、私は現状にリーダーシップのない教師がいることを前提に、そんな教師でもリーダシップの取れる生徒を育成することが出来れば、その教師はリーダーとして有能だということを課長さんの例で書いたつもりです。

>論理が破綻しているって言いたいの。あなたの文章は内容が極端なくせに、説得力のある理由が書いていない、その上偉そうだから、腹が立つ。何かを批評すならせめてまともな文章書け

もせ様は私が論理破綻していることを説明なさっていませんので、説得力のある理由をお聞かせください。

>お前の文章は、大学入試なら間違えなく赤点だよ。添削してほしいならするけど。

大学入試するつもりは無いけど、添削していただけるのなら光栄です。よろしくお願いします。

Commented at 2006年11月26日 21:48

maki からコメント

eda氏の「階層構造を機能させろ」というのは、構造改革であるとも言えます。
なので、eda氏の「僕は構造を変えたところで起こりうる心理的現象だと考えている。」に対して、もせ氏は「どうしていじめの解決のために学校の社会的構造を変えるのですか?」という突っ込みをしているのかなと。
そこまではいいけど、「教師がリーダー失格」は揚げ足取りですね。あるいは、もせ氏は、直接管理可能な人数が多いほど優秀なリーダーであると考えている阿呆なのか。

それと、eda氏の「心理的現象だと考えている。」は永井氏の「個人的心理的現象ではない」に対する言葉だけど、永井氏は個人の問題じゃないぞと言っているだけで、心理的現象ではないとまでは言っていない。要は、システムと個人どちらの問題を大きく見ているかという違いだけで、別のものを見ているわけじゃないから、噛み付くところでもないような。

私自身は、システムの問題のほうが大きいと見ていますけど。
eda氏の「リーダーを育てる」は、いじめを減らす効果があるかどうかは疑問だけど、日本の義務教育にはないユニークな発想だと思います。

Commented at 2006年12月07日 02:22

eda からコメント

なるほど、もせ氏が論理破綻とおっしゃったのは、「階層構造を機能させろ」と書いたのが、構造改革と受け取られたのでしょう。読み返しましたが、ひどい文章なのは確かなことです。第5パラグラフの下線部を補足しました。

僕は、基本的に学校教育は階層構造をなしているものと考えており、永井氏が『「思いやりの心を育む」とか「心と心のふれあいを大切にする」といった、NHKで教育評論家が口にするようなキャッチフレーズを持ち出しても的外れである。(中略)いじめをなくすために必要なことは、個人が組織から自立して生きていくことができるように、社会構造を変えることである。』などと言う的外れで大それた構造改革からすれば、私の「階層構造を機能させろ」というのは構造改革といえるほど大風呂敷なものでは無いと思います。

「リーダーを育てる」は階層構造の副産物として書いただけです。階層構造を機能させろというのは、程度問題なのでそれで、いじめがなくなるとも思っていません。またクラス内や縦割りの班、部活、パブリックスクールのハウス制度(上級生が下級生を教育する集団的な教育)を取り入れる取り組みが日本で行われているケースもあり、これらは教師だけに頼らない階層構造を機能させる効果を持っていると思う。

現状において学校が辛ければ行かなくて良いというのは、自殺よりましだけれど、社会の公器として学校の代替を作るのはバカらしいと思います。自然発生的に学校の代わりになるものが産まれるのは良いとしても、今の学校機能は不十分だから、学校行かなくて良い様に構造改革しようぜっちゅうのは、あまりにも安易で、コストがかかるように思う。

Commented at 2006年12月22日 00:20

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