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エンターティナーの言い訳

昔、「ナチュラルボーンキラー」など暴力描写の多い映画などは、それを見た人が真似をしたり悪影響を及ぼすのではないか、という意見と映画を見て暴力が生まれるのでなく、暴力があるから映画が生まれるのだという論争を目にしたが、どっちでもいいっつうか、暴力映画も現実の暴力も両方存在しているだけのことだ。

北野武氏が暴力映画を作った時、彼の作る暴力シーンは「見てる人が痛い、だから見た人は暴力をしたくなくなる映画です」みたいな事をいっていたが、そんなものは下手な言い訳で観客に伝わらない。僕はコメディーやSFが好きなので趣味ではないが、他の暴力映画と何が違うのか分からない。暴力映画が嫌いな人にしてみれば、不愉快なのは変わらないだろう。

しかし直接関係あるわけじゃないし、真似して犯罪を犯しても罪は犯罪者にある。面白いという人がいれば何でも有りで、犯罪ほう助の可能性があったとしても「エンターテイメント」とか「芸術」という免罪符が与えられる。エンターティメントは仮想現実的なものとして、長年タブー、風習として目にすることのなかったものも見ることが出来る。

エンターティナーが、分かる人だけ見ろとか後世に伝える現代の描写であるとか、悪行の抑止効果があるなどと言うのはいい訳である。もちろん市場原理が働いているので、多くの人が面白がり、不愉快に思う人はなるべく少なくなるように製作されてはいるが、不愉快に思う人に対しては何も言い訳は出来ない。不愉快に思った皆さんごめんなさいとしか言えない。

Posted at 2005年03月14日 00:00


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