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倫理破壊へ一歩前進

タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届を、東京都品川区が不受理としたことを巡る家事審判の即時抗告審で、東京高裁は不受理処分の取り消しを命じる決定をした。決定は29日付。南敏文裁判長は決定理由で、「(向井さん夫妻が)法律的な親として養育することが、子供の福祉に最もかなっている」と述べた。(asahi.com)

向井さんを批判するつもりもないし、あちこちで不正をはたらいている人間味あふれる役所が窓口では人間味のなさをふりまくのには胸糞悪く思うし、以前に向井さんのドラマを見て目ん玉から鼻水が出てきたりしたし、喜んでいる彼女に会ったならおめでとうと言い、サインのひとつもおねだりするかも。

倫理などというものは、古典的なものである。あるいは本能のアンチテーゼである。つまり食べたいとかエッチしたいとか、寝たいとか愛したいとか愛されたいとか。そのような本能的なふるまいを制限しうるものが倫理だったりするわけで、子孫を残したいというのも遺伝子レベルからして利己的である。

古典的というからには、時勢に影響されるもので、常にカジュアルなものから逸脱したものが倫理である。子供のころに母親と神社に行ったときに、巫女さんだかがピアスをしていたのを見て、オーマイガッみたいなことを言った。むろん何て言ったかはっきり覚えてないが、ピアスっつうのは当時の母の倫理規定からは外れる行為だというふうに思ったのを覚えている。今ではピアスというのはカジュアルなものなので、そのような倫理はないのだろう。

asahi.comの記事に関連記事としてリンクされていた書評(バイオポリティクス―人体を管理するとはどういうことか [著]米本昌平)より

著者が昔、チベットの寒村に出かけたときの話を旧作『知政学のすすめ』で読んだことがある。鳥葬の風習をもつその村で、老人が臨終の床にあった。ところが同僚の医師が診察したところ、一瞬の治療で延命する。著者は晴れがましく思ったが、すぐに考え直す。自分たちは今、彼らの死にゆくプロセスの文脈を壊したのではないか。科学技術の浸透は止められないが、素朴な善意から無意識に彼らを助けることと、科学技術の浸透を彼らが歴史的文脈の中で咀嚼(そしゃく)する大切さを意識していることの間には天地の開きがある、と。(評者:最相葉月)

おおむね倫理破壊は侵略者によってもたらされるのだと思う。侵略というと語弊はあるかもしれないがエイリアンによるエイリアンの自由によって侵略が行われる。最大の自由の輸出国はソフトクリーム持ったエロでっかい女神が象徴するアメリカである。そしてその自由とやらこそ、倫理と反対方面に位置する存在であり、チョー気持ちよい。古人があらゆる苦難に対して宗教によって導いた一つの振る舞いが倫理であったのに対し、自由(という宗教)による苦難への対処が個人の尊重である。

アメリカにおいて、精子はともかく卵子提供や代理母や遺伝子治療に寛大であったり、キリスト教右派がはびこりつつ中絶が認められているのは、「自由」と「個人の尊重」というアメリカの文化の賜物であり、浅い歴史ながらも伝統であり、それに基づいて政治が行われているのだろう。

日本においては、代理母や臓器移植はまだカジュアルでない。しかしそれは政治が行われているというより、経済的な理由によってカジュアルになれないだけである。ちなみに米本昌平が所長を務める科学技術文明研究所では、「21世紀社会が、さまざまな局面で生命倫理的課題にますます深く関わる一方で、日本がこれらの諸課題に有効に対応できているとは、とても言えません。実際、ES細胞研究、生殖技術の拡大、臓器移植やヒト組織の利用、遺伝情報の保護など、人体的自然を本格的に扱う事態が到来しているのに、そのための基本的な対応策は見えてきていません。こんな状態にあるのは、取り組むべき課題に関連する正確な情報を、有用かつ体系的な形で社会に向かって提供する組織が、日本には無いからです。」と生命倫理関連政策を提言している。

asahi.comの書評の表現を借りるなら、素朴な個人の希望成就に拍手を送ることと、科学技術の浸透を私達が歴史的文脈の中で咀嚼する大切さを意識していることの間には天地の開きがある。天地の開きがあっても、天にも地にも存在価値はある。中には向井さんを非難する声もあったりするが、異次元である。

もし現代の日本人が明治や江戸時代にタイムスリップしたら、エイリアンであろう。

人間よりも巨大なミイラのようにスリムなゴキブリ」にも准えられるこの生命体は、強烈な程の生存本能を持ち、また、強い粘性のあるよだれ(よだれ自体は人間には無害だが、不快感を催させる)を頻繁に放出するので、野蛮で知能がないと思われがちだが、機械の動力を絶つ事で人間を無力化させられる事を理解できるだけの知能があり、更には自己進化的な多様性すらもつ、非常に危険な生物である。(Wikpedia:エイリアン(映画シリーズ)

Posted at 2006年10月01日 23:39


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