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オウムにまつわる雑談

松永英明氏とはブログ上でののしりあった仲であり、そのときの読者だと思われる方から、コメントをいただき松永英明氏が何某と同一人物だとか、その人物が過去オウムだったとか論ずる記事を紹介され意見を求められたが、忙しかったしあまり興味もなかったのでコメントできませんでした。だいたい僕は河上何某を今まで知らなかったし過去のネットワーカーに興味ない。

鳥新聞読者にとっては、オウム科の鸚鵡の認知能力の高さについてでも期待されるかもしれないが、オウム真理教のことです。オウム騒動の後に、オウム信者が引越ししてきたら住民からだけでなく市役所まで転入届を受け付けなかったなんてニュースを聞いたとき、異常だと思った。じゃあどこに住めというのか?住所不定は軽犯罪法違反であり、近隣住民のヒステリーならともかく自治体自ら法律違反を助長するのか?と思ったものだ。

好戦的な松永氏が柄にもないような文章を書いているのを見て何事かと思った。野田氏とギスギスやってるのなら分かるが、そんな空気ではないようだ。アルーファーブロガーが軒並み本件に触れていて一通り読むと、どうやら元オウム信者が自民党や民主党の懇談に参加したということで、民主党の懇談会開催のきっかけとなった泉氏まで問題視されているようだ。懇談開催当時には僕もいくつかエントリーし、今思えば次のような事を書いていた。

自民党との懇談との違いは、参加者の人選が自民党にゆだねられていたのか、泉氏にゆだねられていたのかと言うところも大きいと思う。独裁は酷な仕事なので、「俺に行かせろ」と恫喝してくる人や、お前が呼ばれるわけないだろうというようなバカが、コメントで行きたいなどと言ってくる憂き目に遭わなければいけなかっただろう。今後も人選が酷なら、何のCMSを使ってるか知らないが、投票モジュールでも入れればいいだろう。(鳥新聞2005/11/03 :民主党懇談会は予選突破

それだけですむ事だと思う。あるいはリンク元件数で決めるとか。辞めなくたって、今後はそうしますで済まないの?政治家は人気商売である。だから読者の多いブロガーが政治家の懇談に集まる。同様に政治家は多数の信者を持つ宗教団体にもまた媚びるのである。だから1995年までの何十年か宗教法制は手付かずであり、その後も抜本的な改正には及ばないのである。オウムというたった一つの教団よりそのことの方が問題だと思う。

本来ならここら辺で「許されないサリン事件」とか断っておきたいところだが、許される殺人などないわけであって(日本では死刑と中絶を除き)、社会のシステム設計だけをテーマにしたい。殺人犯に刑罰や社会的制裁を与えても、竹の子のように殺人犯は生まれ、同じようなことがなくなるわけではないからだ。おそらくはあちこちで2度とこのような惨事を繰り返してはならないなどと聞き飽きた台詞を目にするだろうが、犯罪は結局は繰り返されているのである。犯罪者本人が2度過ちを犯さないにしても、誰かがご丁寧に同じようなことをやるのである。

私たちが許してはならないものは何か。それは二度とこうした惨事を私たちの社会に引き起こすあらゆる可能性を排除することである。残念ながら当時の思想をほとんどそのまま残しながらこの団体の趣旨を引き継ぎ活動している者の数は十人や二十人ではない。(BigBang:「ことのは」の背負ったもの----許さなければならないこと。許してはならないこと。

ここで書かれている「可能性の排除」とは元オウムの排除だけではなされないと思う。僕は宗教団体が税金も払わずに商業活動を行っていることが問題だと思っている。現在までの政治家には改革できないことなのだろう。

宗教が嫌いという奇特な日本人がいるが、単に宗教と宗教団体を混同しているのだと思う。もし恨みがあって嫌っているのならその宗教団体を嫌うべきであり、多種多様な宗教が存在しているのだから宗教そのものは嫌われるものではなかろう。パンや希望などのない人を救うのだからとても便利である。たまたま日本人の多くがパンや希望に不自由していないので、宗教に用がないだけだと思う(中にはR30氏や湯川氏のような知的な方は多感な時期に宗教やマルクスなどに興味を抱くものなのかもしれない。僕は生まれてこのかた下衆であるが、宗教に帰依している尊敬する人もいれば軽蔑する人もいる)。嫌われているのは宗教団体なのであって、そのような誤解を植えつけているのは宗教法制も一端を担いでいるのではないかと思う。

R30:言葉の磁場に書かれている通り、「宗教とは、個人的な問題だ」と思う。個人がどんな信仰、思想を持とうが自由である。「心」の中は個人的なものである。あくまで社会システムの及ぶ範囲は「行動」である。今の宗教団体の行っているのは団体の存続と拡大ではないだろうか。かれらの「行動」の多くは宗教そのものとは別物だと思っている。

たとえばロリコンやレイプなエロビデオを見て妄想する個人の自由はあるが、ロリコンやレイプや盗撮などの犯罪をモチーフにするエロビデオを製作する業界には問題があると思う。(この問題については極東ブログのコメント欄で暴れたことがあるが、finalvent氏は、実名暴露と誤字脱字等の指摘にしかコメントしないようで、個人的につまらない議論となり、途中で飽きた。)

上場企業なら、業容を報告書にして提出する義務を負い、粉飾があれば上場廃止に追い込まれる。宗教団体も法人格を得る以上は、法と国民の支配下に置かれるべきである。もちろん結社・集会の自由を侵してはいけない。経済活動があったり資産を持ったり、公共の手続きを踏む必要がある時のアカウンタビリティーが必要なのではないかと思っている。信教の自由を侵すものでもなく、あくまで支配下に置かれるのは「行動」であり、「心」ではない。

実際に集会を行なう上で自治体への届出が必要であったり条件が課せられるような条例があり、憲法の「集会の自由」を損なうのでないかという批判もあるが、最高裁では条約の合理性を認め違憲ではないと判断されている。


僕はブログで信頼を得ようなどと思ったこともないし、文章に説得力を持たせる労力も鳥類に関する記事以外はさほどかけていない。そもそも文筆業でもないしそんな筆力もない。そりゃ仕事上では、信頼を得るべく、失わないよう心がている。大企業にも小さな企業にも勤務経験があるが、大企業のほうが信頼が得やすく、小企業に勤めないと、その重要性には気がつかないかもしれない。これは販売するときも仕入れするときも同様である。松永氏の今の気持ちを読むと、文筆業とくにフリーランスの人は大変だなと思う。

どこかのブログだったかコメントだったかわからなくなったのだが、「松永さんに疑念があるなら誰か松永さんの記事を全部読めばいい。。。そんなこと出来るやつは松永さんだけか。。。。」みたいなのを読んでウケた。ネット上にジャーナリスティックな組織を立ち上げようなどといった面倒なことを試みるのも、泉氏だけかもしれない。松永氏も「きっこの日記」を5年分も読むのも面倒だったろうし、読まなければ今のような面倒な事にもならなかったかもしれない。面倒な事というのは挫折もしやすい。どうかめげずに続けて欲しい。ちなみに鳥新聞の独自情報としては、泉氏=鳥好きという事実を入手している。おっ何かジャーナリストっぽくてかっこいい。

発端である野田敬生氏に対して、小飼氏は「イエロージャーナリズムの犬」と呼ぶし、小倉弁護士は「そのブロガーとしての活躍にけちをつけるために、そのブロガーが過去に帰依していた宗教を明らかにするというのは、最低の行いといえます。」と名指ししないながらも批判する。名指しをしないことが卑怯っぽいし、野田氏は活躍にケチをつけるつもりなど毛頭なく、活躍を知らなかったのだろう。イエロジャーナリズムってはじめて聞いたけど、犬呼ばわりすることも又イエロージャーナリズムっぽいと思う。僕は間違っても松永氏を擁護しないが、そういう人もいることはうらやましい限りである。松永氏の告白のタイミングも良かったのだろう。

野田氏が暴行容疑でパクられた時も、そうそうたるメンバーが「野田敬生さんの公安調査庁 国賠裁判を支援する会」で釈放を求める声明を発表している。

その面子は社民の福島代表や宮崎学氏などが名を連ねている中に佐高信氏もいて聞いたことある名前で誰だっけと思ってググルと、その辺の毒舌芸人よりも面白い罵詈雑言を書いている評論家である。

罵詈雑言の対象を見ると右側の人が多いからといって左翼などと決め付けないが、既視感を覚えた。それは「きっこの日記」の辛らつさであったり、松永氏の性格の悪さ。あるいは野田氏や小倉氏の陰湿さは、今回の切込隊長の記事も同様と思う。弁明したいのは分かるが、弁明は人に伝えるものであるのに分かりにくい文章で書くあたりがじめじめしている。finalvent氏は、自分の実名暴露は驚くべき迅速さで削除するのに、松永氏が暴露しないでくれといっている事を知りながら、日記についた松永氏の実名入りのコメントに応答しながら放置していた。

それぞれの美意識を持っているのは分かるが、結局みんな弱いものいじめが好きなのである。だから日本には暴力団が存在しつづけるのである。ここで言う強い者とは、適切に法が通用しない者である。暴力団とか、匿名のネットワーカーとか、宗教法人とか。ここで言う法とは狭義の法律ではなく、広義の規範的な意味合いである。もはや誰も罪など怖くない。罰のみが怖いのである。

今日僕は、野田氏の書いた記事がフラッシュという雑誌に載ってるとか頭に残っていたので、立ち読みしようと思ったんだけど、もっとまじめな雑誌かと思いきや、ほとんどエロ本だったので恥かしいから生まれて初めて買ってみた。家に帰って袋とじも明けずに一通り見たが目当ての記事はなかった。多分先週号だったんだろう。そんなことより、これから袋とじを開封しますので、以上で終わります。おやすみ。

Posted at 2006年03月17日 23:59


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